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このショートストーリーは、三井ホーム株式会社様発行の季刊誌「RFAM」vol.29 に掲載されたものです。

● クライアント;株式会社アイシネン様  ● PR製品;温熱バリアルーフ

​秘密の空間 ◉ ばっぷ

 我が家には、私だけの秘密の空間がある。「小屋裏」と呼ばれる、天井裏のスペースだ。

 もっとも、そこは直立歩行できるだけの高さもなければ部屋というほどの充分な広さもない。一応、屋根の傾斜部分に天窓があるが、あくまでも明り取りに過ぎない。東側と西側の壁面にも小さな窓があるが、年に数回、澱んだ空気を入れ替えるときに開閉する程度。元来が収納用に設けられたスペースだから、仕方ないと言えば仕方ないが、夏になればその小屋裏の気温は殺人的な暑さに達する。

 とはいえ、私が〝お宝〟を寝室の収納スペースに仕舞えば妻の小言が増えるばかり。「またリールを買ったの?」とか、「釣り竿って、そんなに何本も必要なの?」とか、「なんだか、クローゼットが魚臭い」とか。

 そうして私の可愛いお宝たちは小屋裏に追い遣られてしまった。

 

 陽射しが初夏の強さを帯び始めた、晩春のこと。釣り仲間から「週末の船の予約が取れたよ」と連絡が入った。狙いはヒラマサ、久しぶりの船釣りだ。

 大型のアオモノ狙いは一年ぶりだから、装備品のチェックとイメージトレーニングは三日前から始めた。なにしろ相手は一メートルを超えるアジ科の大物。ロッドはカーボン製のショートレングス、リールは電動式のスピニングを使おう。生き餌の泳がせ釣りだが、カンパチを揚げたことのあるサンマブルーのルアーもいくつか持っていくか……。

 前日の夕方、湯船に浸かりつつ頭の中の装備品リストをチェックしていて、昨年末の大掃除の際に大型のルアーは桐の木箱に整理して、小屋裏の奥に仕舞い込んだことを思い出した。マズった、風呂に入る前に状態を確認しておくべきだった。私は浴室から出てガウンを羽織った。

 妻はキッチンで夕食の支度をしているらしい。トントンと包丁の俎板を叩く音が聴こえる。条件反射でビールを飲みたくなったが、後回しにして二階へあがる。廊下を進み、天井に取り付けられている金具を専用棒で回転させ、扉を下に開く。その扉の内側に付いている折畳み式の梯子を引っ張り下ろし小屋裏に昇ると、熱気が風呂あがりの私の身体に纏わりついた。

 息苦しさを覚えたが、ここは我慢するしかない。木箱は入口と反対側の隅に置いたはず。電気を点け、中腰の姿勢で進むと、顎からポタポタと汗が落ちた。木箱を見つけ蓋を開ければ、そこには目にも眩しいお宝たちが行儀良く並んでいた。

 私は固唾を呑んでしばしの間、見とれた。可愛いお宝はいつ見ても、可愛い。目を細めると体から力が抜け、視界がぼやけた。次の瞬間、身体がぐらっと揺れて、天窓の向こう側に満月が見えた気がした……。

 

 目覚めると私は病院のベッドにいた。枕元には妻がパイプ椅子に腰かけ、目に涙を浮かべながら私を睨んでいる。……笑いながら怒られるより、まだマシか。

「信じられない。釣りに行った先でのことならともかく、あんなところで熱中症に罹るなんて」

 そう言って妻はハンカチを取り出し鼻をかんだ。私は「すまん」と言って病室の天井を見あげ、考える。

 退院したら、真っ先にあの小屋裏をなんとかしよう。科学がこれだけ進歩している時代だ。なにかしら良い解決方法があるはずだ。

​©︎ BAP 2017
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