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このショートストーリーは、三井ホーム株式会社様発行の季刊誌「RFAM」vol.32 に掲載されたものです。

● クライアント;ゴウダ株式会社様  ● PR製品;蓄電ハイブリッドシステム

パラダイムシフト - 日本の未来を考える - ◉ ばっぷ

 毎朝新聞論説委員の郷田強志は自宅の書斎でノートパソコンを前に溜息をつき、天井を見上げた。

 日曜の朝十時。四百字詰め原稿用紙の枚数に換算すれば、たった五、六枚ほどの文字数で書き上げれば良いコラムだが、その書き出しが決まらない。それ以前に題材が、脈絡が、結論が、思い浮かばない。要するに何も決まっていない。郷田の名入りコラムは月曜の朝刊掲載だから、なんとしても時計が二十四時を回る前には整理部へ送らないと毎朝新聞の名が廃る。論説委員の肩書きが泣く。郷田は濃い緑茶を啜り、窓の外の晴天に目を細め、再び溜息をついて天井を見上げた。その一連の動作を繰り返すこと、計八回。九回目に及んだとき、腹時計が正午を告げた。仕方ない、最後の手段に打って出るか。そう呟いて、郷田はノートパソコンを綴じて書斎を後にした。

 

 ダイニングへ下りると食卓には天丼が用意されていた。昨晩のてんぷらの残りで作られたことが一目瞭然。だが、「なんだ、昨夜の残りか」などと妻の玲子に言おうものなら作戦が台無しになる。郷田はぐっと堪え、玲子が興味を抱きそうな話題を探した。

「これもキミが庭で育てたのか!?」

 玲子が蕪の味噌汁を郷田の前に置いた、その瞬間を逃さなかった。そして少々大袈裟に驚いてみせた。ちなみに、玲子は文化人類学を専門とする大学教授。職業柄、というわけではないのだろうが、「エコロジスト」を標榜して、庭の隅に〝みみずコンポスト〟を設置し生ごみを「再利用」して土を作り、庭のほぼ半分は菜園にして無農薬で野菜を育てている。買い物に出るときにはエコバッグを忘れず、外食するときには割り箸を使わないようにマイ箸をバッグの中に常備している。家の屋根には当然のごとくソーラーパネルが設置され、太陽光で作られた電気は蓄電池に充電して夜でも灯りに困らない。

 そんな徹底ぶりだから、玲子がその一言に反応し饒舌になるのも無理はない。「だいたいね、本来のエコロジーというものはね……」に始まった玲子の持論を郷田は忘れないように、ポケットに隠しておいたECレコーダーに録音した。

 

 

……福島の原発事故を機に再生可能エネルギーへの関心が加速し、三年後の二〇一二年に施行されたFIT法は、確かにこの国における民間事業者の「再エネ発電」参入に大きな役割を果たした……だが、電気の買取価格は一年ごとに下がり続け、二〇〇九年にソーラーパネルを設置した家庭では二〇一九年に電力会社の買取義務が終了する……そもそも本来的な意味での「エコロジー」は市場経済と両立し得ない。水と油の関係に限りなく近い……現在、必要とされているのは「パラダイムシフト」だ。「エコロジー」を単なる「宣伝文句」として謳う時代は終わったのだ……「売電」による利益追求を目的として再生可能エネルギーを作るのではなく、「エネルギーの自給自足」を目的として各家庭で蓄電池を利用し余剰電力を蓄え、夜間や災害時でも利用できるように備えるべき時代に突入したのだ……時代は国民一人ひとりが地球温暖化対策に、真剣に取り組むべき段階に入った。そしてその成否にこそ、日本の未来を子供たちに残せるかどうかの鍵がある。

  (論説委員・郷田強志)

​©︎ BAP 2018
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