このエッセイは、読売新聞欧州版リレーエッセイ「ヨーロッパの街から」(1998年8月28日)に掲載されたものです。

​「パリは最高の学校」

​*本名にて発表

 フィリップ・ディクソンの写真が好きだ。特に明暗のコントラストを残したまま粒子を粗くした作品は秀逸だと思う。ティエリーにそのことを言ったら、「僕も彼の写真が好きだ」と言って目を輝かせた。仕事柄、自分の作品を売り込みにくるフォトグラファーとは出来るだけ時間を割いて会うように努めているが、彼もその一人だ。とてもきれいな写真を撮るフランス人写真家の若手である。​

 「なぜ、彼の作品が好きなの?」。月並みな質問をすると、「彼の写真は、パリジャンの写真だよ。今じゃあ、パリで写真を撮っている連中の、先生みたいなもんさ」と言う。

 先生だったら、パトリック・デマリシュリエじゃないの?……ノン。彼はニューヨーカーになっちまった。でも、フィリップはまだパリにいるよ。……君もそうだけど、なんで、フィリップはパリにいるんだろう? ニューヨークの方が、仕事にはなるんじゃないの?……金を稼ぎたいなら、確かに、ニューヨークだね。パリにいてもお金にならない。……でも、君はパリにいる。……だって、パリは最高の学校だもの。

 実を言うと、私も、二年ほど前から写真を撮るようになった。アマチュアでも使いやすい三十五ミリのカメラを持って、晴れた日の休日などに、サンマルタン運河沿い、セーヌ川沿いをブラブラしている。

 東洋系の血をひくマリオンは、リュクサンブール公園のベンチの上に足を投げ出し、缶ビールを飲みながら本を読んでいた。空になっている缶がすでに二本、足元に転がっている。その姿をズームレンズで狙っていることに気が付き、「モデルになってあげようか?」と先を制してきた。私の目の奥をのぞき込むような彼女の表情は、決して相手をからかっているという風ではなく、むしろ、人間の自然な感情を尊重しているようにみえる。

 ポン・デ・ザール(芸術橋)の上で、仲間がたたくタムタムのリズムに合わせて踊っていたマガリは、ちょうど二十歳になったばかりの女優の卵。カリブ海の小島、フランス海外県グアドループ出身。学費が安いという理由で選んだ演劇学校に通い、詩を書き、天気のよい日にはこの橋で仲間と合流する。幼い時に両親が離婚して、母親の住むグアドループと、父親の住むパリを行ったり来たりしている。

 そのマガリの言葉。「ほんとはパリなんか好きじゃない。でも、グアドループの太陽の下にばかりいると、脳みそが全部、耳から出ていっちゃうの。それにパリなら、いろんな人と仲間になれるしね。お金がないのはつらいけど、友達と会えないのは、もっとつらいよ」

 大昔から東西南北の交流地点であったこの街では、様々な顔と出会える。それは、様々な人種が入り乱れてできた顔、なのかもしれない。が、もっと違う理由があるのではないか。少なくとも、同じ流れに乗ることを義務付けられたような、のっぺらぼうな東京人的な顔は、見当たらない。野望が渦巻く中で、人間としての自然な欲望を無理に押し殺しているようなニューヨーカー的な顔も、パリの街には似合わない。

​ 「パリは最高の学校だもの」。いろいろな人種がいて、いろいろな考え方があり、プライオリティーに違いがあって、結果を求める者も求めない者も共存できる街。人間の内面性が人の顔を形成するものだとしたら、確かにこの街は、多くのことを教えてくれる学校に違いない。

​読売新聞欧州版(1998年8月28日)リレーエッセイ「ヨーロッパの街から」掲載

​©︎ BAP & Tadashi SEKI 1998

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